特集 「円140年、どこへ行く」


新年2日、晴天! そして今は満天の星空です! ・・・ 昨日のブログの続きです ・・・ 今日は私が運転して、友人夫婦を連れて観光のドライブ ・・・ もちろん、飲まずにネ! ・・・ 田舎の正月ってことか? 道も空いていて、スケジュール通り順調にことは運び ・・・ 先ほど、無事に友人夫婦が東京へ戻るのを駅で見送ってきました。
さて、今日は新聞休刊日 ・・・ 今は飲みながら、昨日の新聞を読み直しています。そうしたら、”日経新聞の特集”で「円140年、どこへ行く」・・・「YEN」の誕生から今日までの歴史が、昨日紹介した「YEN漂流」に匹敵する内容で掲載されてました。皆さんにも抜粋して、さらに私のコメントを交えてご紹介しますネ!
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Part1 「1ドル=1円は重荷だった」。。。誕生から戦前下落続く
「新貨幣の呼称は円」―― “YEN” が誕生したのは1871年(明治4年)5月10日だったそうです。大隈重信を中心に、「金貨・銀貨・江戸時代の藩札・などが入り乱れる状況の解消」をめざし ―― 政府は新貨条例を布告。円という呼称の由来は「貨幣の形を円くしたため」・・・でも、定説はないようです。
当初、金本位制を目指すも、当時の東アジアでは何と「メキシコ銀」が決済通貨として普及 ―― 金銀複本位制でスタートも、結局1878年には銀本位制に移行。
西郷隆盛の西南戦争で紙幣増刷、インフレが発生し銀の国際価格下落で銀本位制の円も安くなり、円安の経済への影響を議論した最初の “金融政策決定会合” となる「1893年貨幣制度調査会」を設置 ―― 大蔵官僚は円安による輸入価格高騰を指摘し金本位制移行を主張。円安の輸出促進効果を重視する渋沢栄一ら民間人と対立した。
当時、日本は金本位制に必要な金準備がなかったが、日清戦争の勝利で巨額賠償金を原資に1897年金本位制へ移行。このとき1ドル=2円となり、「YEN」誕生から四半世紀で円の為替レートは半分に!
―― 円相場は下落し続け1932年には1ドル=5円、41年太平洋戦争開戦直前のドル円相場は1ドル=4.25円だった。
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Part2 「固定相場、高度成長の礎に」。。。1ドル=360円からの復興
1948年5月 ―― 空襲のつめ跡残る東京に、単一レートを設けるための基礎調査する目的で米連邦準備理事会(FRB)調査団が到着 ―― 調査団の結論は1ドル=300円前後だったものの、GHQ(連合国軍総司令部)は日本経済再建にはもう少し円安が良いと判断。49年4月25日実施の為替レートを1ドル=360円に修正 ・・・ しかし、「超インフレで経済は混乱、円の信認は低く360円でも1ドルと両替できなかった」――。
インフレの混乱が収束した日本経済の稼ぎ頭は繊維産業 ―― 日本の貿易黒字の6割を稼いでいたそうです。戦後最長のいざなぎ景気(65-70年)の平均経済成長率は11% ―― 国内の家庭にカラーテレビが急速に普及 ・・・ ところが突然、71年8月15日ニクソン大統領は、ドルと金の交換停止と固定相場制の打ち切りを告げ、変動相場制への移行 ―― 日本経済の戦後の終わりを示す転換点となる。
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Part3 「一晩で10円上昇」過熱招く。。。プラザ合意とバブル
「怖くてトイレにいけなかった」―― 銀行ディーラーは、数分で2円、3円、一晩で10円動くのが当たり前で、取引ルールも分析手法もなく、頼りは勘と度胸だけだったそうです。
85年のプラザ合意で、1ドル=240円台だった為替相場は1年で150円台まで上昇 ―― 日本は世界第2位の経済大国に駆け上がる。政府・日銀は円高対策の名の下に、公共事業などの財政出動や金融緩和に奔走。あふれたマネーは土地、株などの資産に集中 ―― そして、「バブル」と呼ばれる経済の過熱を招く。
日本が空前の“好況”に酔いしれている間に、世界は89年ベルリンの壁崩壊 ―― 東西冷戦終結とともに、旧共産圏諸国が相次ぎ市場経済に参入。グローバル経済が離陸 ―― 市場では、金融工学を取り込んだデリバティブ(金融派生商品)取引が急成長。ヘッジファンドが国を相手に投機を仕掛けるなど影響力を増し始めていた ―― 97年、右肩上がりの神話にあぐらをかいた日本では、バブルが弾け「ジャパンプレミアム」が急上昇。国内金融機関への上乗せ金利は0.3%に。11月の新聞では「山一証券、自主廃業」を伝えた。
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Part4 「経済停滞、購買力にかげり」。。。超円高から迷走へ
「コンテナが札束に見えた」―― 1995年4月19日、1ドル=79円75銭の超円高となったの記憶は、海外で仕入れた登場間もない100円ショップの商品を満載する船の接岸風景。貿易赤字に悩むクリントン政権から円高圧力が加わったためだ。
海外からの輸入品が大半の100円ショップ ―― 通貨が高い国でこそ繁盛するビジネスモデル・・・98年、日本経済がマイナス成長に陥り企業はリストラ ―― 安い商品を求める消費者で100円ショップはにぎわったが、07年、円安加速で仕入れ価格が上昇。店頭では重量を1-2割減らし、実質的な値上げが進む。
昨年のドル円相場は1ドル=107-124円で推移 ―― 02年末と比べ円は対ドルでは5%高くなったが、対ユーロで3割、対豪ドルでは5割弱安くなった。円安による日本の購買力低下で、100円で世界から買えるものは少なくなり、1000円ショップが台頭する――。
・・・ この続きは、2008年の「円相場」が、新たな「YEN」の歴史を刻んでいくのでしょう! そして、相場の担い手として、個人投資家の比重は益々高まるんでしょうネ!


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